人生とRPG(ロール・プレイング・ゲーム)

今日は散歩を47分で約5000歩。昨日は56分で6270歩歩いた。
昨日は全然疲れなかったけど、今日はとても疲れた。なぜだろう。昨日は散歩の他に13日ぶりの腕立て21回、スクワット、カーフレイズ、8日ぶりのアームカール83回、さらに寝る直前に腹筋と背筋をしたことと、寝るのが少し遅かったことが影響しているのかもしれない。

人生とRPG

最近、人生をRPGにたとえて考えてみることがある。上手い下手はあるにしても、RPGなら時間さえかければほぼ誰でもクリアまでたどり着くことができるだろう、と。
経験を積めば誰でもレベルアップするし、職業を変えればその職業でのレベルアップが必要になる。だから、余りやりたくないことを、レベル上げの作業と考えると、少しは気が楽になるのではないかと考えた。


でも、そういうことを考えるたびに、人生はゲームと違って進むのに時間がかかるから、その間に嫌になってしまうよな。ということは、やっぱり人生をゲームにたとえるのはおかしいんだろうかという結論に達して、ちょっと気落ちした感じになってしまっていた。


今日は、お風呂に入りながら、ドラクエのプレイ時間が確か50時間ほど必要だというのを雑誌で見たことを思い出し、それを基に考えてみた。
世界でトップクラスの勇者だとしても、世界の危機を救うには、レベル1からはじめれば、早くても5年はかかるだろう。5年×365日÷50時間=36.5日なので、ゲーム1時間が36.5日に相当することになる。
凡人なら、そこそこのレベルに到達するまで、15年ぐらいかかるとすると、ゲームの1時間が約110日に相当する。アクシデントを含めれば、3時間でおよそ1年と考えられるだろう。


次の町(ステップ)に進むためにレベルを上げたり、新しい武器を手に入れるためにお金を貯めたりするなら、1時間なんてすぐに過ぎてしまう。
それを人生に換算すれば、3,4ヶ月はレベル上げや貯金などに集中することが必要になるだろう。


最初からそれぐらい時間がかかることを想定していれば、成果がすぐに現れることを期待しすぎて、途中で嫌になってしまうことを、ある程度防ぐことができるだろう。
絶望は現実からもたらされるのではなく、ただ存在するだけの現実と、自分の想定との距離がずれすぎているときに起こるのではないかと思う。


RPGでは、次の町に進むのは簡単にできる。でも、焦って次を目指すと、ゲームオーバーとなってしまう。
セーブデータはリアルタイムでは更新されないので、もう一度やり直すとすると、少し戻った地点から、しかもレベルが下がった状態でやり直す必要がある。
もしダメな時、また何度でもレベル上げに専念できるような、打たれ強さ、粘り強さを持った人なら、どんどんチャレンジするのがいいだろう。うまくいけば、経験値はどんどん増え、同じ道を数倍速いスピードでクリアすることができる。


でも、一度の失敗で嫌になってしまう人、すぐに諦めてしまう人は、今のステージが十分楽になってから次に進むのがいいだろう。
このレベルなら、自分の身の危険や立場の危うさを感じることがない、と感じられて、上に進みたいと感じれば、ようやく進むという感じで。